真咲輝司 Rehabiri knock

大学病院で勤務する理学療法士

アップテンポの音楽を聴けばランニングタイムが速くなるメカニズム

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音楽を聴きながらランニングすることはよくない。

自分の走るテンポを狂わしてしまうためだ。

実際に自宅の近くの河川敷を歩いてみると、ほとんどの人がイヤホンをつけずに淡々と走っている。

 

そんな中、ウェイン州立大学のJacob らによってこんな報告が上がった。

アップテンポの音楽を聴きながら運動をすることで、疲労感を軽減することが初めて証明された。

 

 

 

今回はアップテンポの音楽が運動中に及ぼす影響について考えていこう。

 

本当にアップテンポの音楽を聴いた方が良いのか

Jacobらは22-31歳の男女を対象に自転車エルゴメーター(自転車のような形をしたトレーニングマシーン)を使い、4Wからスタートし毎分ごとに4Wずつ負荷を増やしていくテストを行った。

およそ、平坦な道を自転車で漕ぐ時に足にかかる負荷がおよそ10W程度と言うとイメージしやすいのではないだろうか。

 

このテスト中にアップテンポの音楽を聴きながら限界まで自転車エルゴメーターを漕いだ時、そして音楽を聴かずに漕いだ時、それぞれの大腿四頭筋にかかる疲労度を筋電図で測定した。

 

筋電図は筋肉の発火頻度、運動単位数を視覚的に評価できると言われており、客観的な評価ができる。

疲労感を評価するために筋電図を用いることは、この研究の優れている点と言える。

 

その結果、アップテンポの音楽を聴きながら行った群の方が、筋出力が大きく上がったのだ。

さらにJacobの報告はそれだけに止まらなかった。

 

疲労感を生じる閾値にも有意な差が生じたのだ。つまり大腿四頭筋が疲れにくいということだ。

 

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筆者にて編集

 

 

とても興味深い研究に思う。アップテンポの音楽を聴きながら運動すればより高い負荷で運動することができるため、効率的で効果が出やすくなるのではないだろうか。

 

しかし、これを読んだ方々はこう思うのではないだろうか。

音楽を聴いたらテンションが上がるんだから、いつもより頑張れるのも当然だ!

 

 

確かにその意見は確かに一理あるように思う。しかし、いつもより頑張っているということは、必ず心拍数が上昇しているはず。

 

今回の研究の参加者では音楽を聴いた群とそうでない群で心拍数はなんと変わらないという結論に達した。心拍数が上がっていないということは、音楽を聴いた群がいつもより頑張っているわけではないのだ。

 

ではなぜアップテンポの音楽を聴くことで、疲労感を感じにくくなるのか。

 

疲労感を軽減するメカニズム

その謎を解く鍵となったのが、脳波の変化だ。

イギリスのブルネル大学のBigliassiらは音楽を聴いている時の脳波の着目した。

 

その結果アップテンポの音楽を聴くと、脳内のθ波が減少することを明らかにしたのだ。

 

θ波とは4-7Hz(1秒間に4-7回振動する)し、主にリラックスした時や深い瞑想をする時にもこのθ波が出現しやすい。

 

よくひらめきが生まれるのは、このθ波の時と言われる。

 

Bigliassiは運動中にアップテンポの音楽を聴くことで、連想的思考ができなくなり、ある意味ゾーンに入るような状態になると結論付けている。

 

さらに音楽を聴きながら運動を行った場合と音楽を聴かない場合と比較して、

運動中の脳の活動を調べた。

 

実際、運動中に音楽を聴いた場合の方が側頭葉や島皮質の活動が増加することが報告されている。

 

これらの結果から脳の疲労に関連した領域に影響を与え、疲労感を感じる閾値が上がったと考えられている。

 

では実際にどんな音楽が良いのだろうか。

 

今回の研究結果では136-160bpmまでの曲が使われているが、高いbpmほど良い結果になるわけではないことがわかった。

 

つまり、アップテンポで自分の好きな曲を聴きながら走ることが最も効果的であると思われる。

 

そんな私も最近好きなDizzel Rascal &Calvin Harrisの「Hype」を聴きながらランニングをしてみようと思う。

 

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Reference

 

Jacob Centala: Listening to Fast-Tempo Music Delays the Onset of Neuromuscular Fatigue.jornal of strength and conditioning research.2019

 

Bigliassi M. Cerebral mechanisms underlying the effects of music during a fatiguing isometric ankle-dorsiflexion task. Psychophysiology 53: 1472–1483, 2016.

マラソンが速くなりたい人は必ずH I I Tを知っておこう

高負荷インターバルトレーニング(High-intensity interval training:通称(HIIT)

 

高負荷のトレーニングと低負荷のトレーニングを交互に組み合わせたトレーニング方法で世界中のトップアスリート達がHIITを活用したトレーニングを実施しています。

 

トップアスリート達がHIITを使うようになった大きな理由は、従来のトレーニング方法と比較してもトレーニング効果が高いことが示されているからです。(BurgomasterK.A 2007)

 

その上、トータルの運動時間は短く効率的とも言われていますから、HIITを知っておくだけで、練習効率はグッとよくなるわけです。

 

具体的にHIITについて見ていきましょう。

 

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H I I Tは空腹の状態で行おう

よく筋トレは空腹で実施をしてはいけないという記載を目にします。

本当にそうでしょうか。

 

実はH I I Tは空腹時に実施した方が良いと言うことが明らかとなりました。(Hansen 2005)

 

どうして、これまで言われていたことと逆の反応になったのでしょうか。

 

実際に空腹時でグリコーゲンが低い状態でH I I Tを行った報告がありますので見ていきましょう。

 

CochranらはH I I Tを実施した時の、骨格筋への反応について食前後で比較しました。

 

実施内容はpeak VO2 の90%以下の高い運動負荷を取り入れたH I I Tを4分×5セットを2週間実施するものです。

 

その結果、食前に実施した群の方が、筋肉内のミトコンドリアを増やすp38 MAPK という活性酵素が増大したのです。

 

同様の結果が、Bartlett らの研究でも明らかとなりました。

 

 

その結果、空腹時にH I I Tを実施することが有益であると結論付けたのです。

 

H I I TはPGC-1αを活性化する

PGC-1αという遺伝子の転写を制御する物質は、ミトコンドリアの合成を促進する働きや、血液中のブドウ糖を骨格筋に輸送する役割のあるGLUT4と言う輸送体が増加することが報告されています。(Miura S 2003)

 

このPGC-1αはHIITを行うことで増加することが示されたのです。

 

そのため、ミトコンドリアの増加によって、体内に取り込むことのできる酸素の量が増え、最大酸素摂取量の増加に寄与することが明らかとなったのです。

 

※ランニングパフォーマンスを上げる上で最大酸素摂取量を上げることが重要と言われています。

 

www.rehabiliknock.com

 

H I I Tの効果を示す報告はそれだけに止まりません。

末梢血管の構造や機能にも良い効果を来たし、血液中の乳酸の増加も抑えることができると言われています。(Macinnis 2017)

その上、クレアチンリン酸の働きをも改善することが示されております.(ForbesS.C 2008)

 

 

しかし、あくまで短期間に行った介入研究なので、少なくとも長期間H I I Tを実施した際の効果検討が必要になると思われます。

 

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1.Burgomaster K.A., Howarth K.R., Phillips S.M., Rakobowchuk M., Macdonald M.J., McGee S.L., Gibala M.J. Similar metabolic adaptations during exercise after low volume sprint interval and traditional endurance training in humans. J. Physiol. 2008;586:151–160. doi: 10.1113/jphysiol.2007.142109.

 2.MacInnis M.J., Gibala M.J. Physiological adaptations to interval training and the role of exercise intensity. J. Physiol. 2017;595:2915–2930. doi: 10.1113/JP273196.

3.Forbes S.C., Slade J.M., Meyer R.A. Short-term high-intensity interval training improves phosphocreatine recovery kinetics following moderate-intensity exercise in humans. Appl. Physiol. Nutr. Metab. 2008

 

ランニングエコノミーを知らないとマラソンタイムは上がらない。

 

どうすればマラソンのタイムが速くなるか?

ランナーが常に向き合う疑問だ。

 

結論から言うと、持久力と筋力を鍛えただけでランニングパフォーマンスはそんなに上がらない。

ランニングパフォーマンスを上げて速いタイムで走るには「ランニング エコノミー」と言う概念を知っておかなければならない。

 

「ランニング エコノミー」は直訳で走りことの経済性を言う。

なんのことかと言うと、いかに無駄なエネルギーを使わずに燃費良く走ることができるか。と言う意味である。

「ランニング エコノミー」は近年注目を集めており、世界中で研究が勧められている。

 

実際に、*Pub Medで検索すると年々「ランニング エコノミー」に関するデータが増えていることがわかる。

*Pub Med 米国国立医学図書館が作成している医学分野の代表的な文献情報データベース

 

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今日はランニングパフォーマンスを上げるために必要な「ランニング エコノミー」について考えてみよう。

 

 

ランニングパフォーマンスを高める

 

 

ランニングパフォーマンスは次の3つで構成される。

・最大酸素摂取量

・乳酸作業閾値

・ランニングエコノミー

 まずはこの3つを知ることがタイムを上げるために重要だ。

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図 筆者作成

 

 

最大酸素摂取量

最大酸素摂取量を医学的に言うと、身体の中にどれだけ酸素を取り込むことができるかを意味する。

 

 酸素は身体の中でエネルギーを作るために必要な材料だ。

 

言い換えれば酸素を多く取り込める人ほどたくさんのエネルギーを作ることができる。

 

普段、我々が椅子に座ってくつろいでいる時に酸素を1分間に3.5ml/kgほど摂取している。

 

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そして運動をすれば、動くために使うエネルギーを作るために換気量を上げて身体に吸い込む酸素を増やしていく。

一般成人の場合は1分間に50ml/kgほどまで酸素を取り込めると言われている。

それが、世界で活躍するトップマラソンランナーともなれば1分間に80-90ml/kgほどの酸素を取り込めるようになるのだから驚きだ。

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  走る速度を徐々に上げて運動負荷を上げていくと、必要なエネルギーを作るために取り込む酸素の量は次第に増えていく。しかし、酸素を身体の中に取り込める量にも人それぞれ限界がある。

 

 図で示したように、運動負荷を上げてもそれ以上酸素摂取量を上げられない地点に達したポイントを最大酸素摂取量と言い、言わば体力の限界地点のようなものだ。

 

 最大酸素摂取量に到達したら次第に走ることができなくなってしまう。  

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よく勘違いされがちだが、ここで言う酸素を摂取する量というのは、深呼吸して肺の中いっぱいに空気を入れることではない。

 

肺に入れた酸素が筋肉の細胞に取り込まれることを酸素摂取量という。

まちがっても、深呼吸しながら走ればタイムが速くなるとは思わないようにして頂きたい。

 

実は酸素摂取量は次の式で求めることができる。

酸素摂取量1回心拍出量×心拍数×動静脈酸素格差

 

ここでいう動静脈酸素格差というのはかなり深い話になってしまうので別の機会にしようと思う。

 

 

乳酸作業閾値

 Welt man らの研究で最大酸素摂取量を上げるだけでなく、乳酸作業閾値の値もランニングパフォーマンスに大きく関わることが明らかとなった。

 

 全力で50mを走り終わった後に足にくる重だるい感じをよく乳酸が溜まると表現するが、そのイメージで十分だ。

 

 マラソンを走るときもだんだんと、足に乳酸が溜まってくるだろう。これがランナーにとっては大敵なのだ。ニューヨーク市立大学のWelt manの報告によるとこの乳酸をいかに溜めずに走ることがマラソンタイムを上げることに直結すると報告している。

 

 この乳酸が溜まってくる地点を嫌気性作業閾値という。

 

一般成人は最大酸素摂取量の50%くらいの地点に嫌気性作業閾値があると言われているが、世界のトップランナーは最大酸素摂取量の80%くらいの地点に嫌気性作業閾値があるというのだから衝撃だ。

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この最大酸素摂取量乳酸作業閾値に加えて重要なのが

ランニングエコノミーという概念である。

 

 

 

ランニングエコノミー 

 

最初の項でランニングエコノミーはいかに無駄なエネルギーを使わずに燃費良く走ることができるか。と言う意味だと話した。

 

そもそもどうやってこの曖昧なランニングエコノミーという概念を確かなものにしていくか。

 

実はランニングエコノミーも評価をして客観的な値として調べることができる。

 

ランニングマシーンを使用し、10km/hのスピードで10分間走ったとしよう。

同じ速度で走ったとしても、人それぞれ消費するエネルギーは違うのだ。

 

酸素摂取量の話を読んでくれた方はもう気づいた方もいるかもしれない。

 

つまり、同じ速度で走っても酸素消費量が全く違うのだ。

 

カルフォルニア州立大学のDanielsらやAranpatzisの報告でもランニングエコノミーが向上するとマラソンタイムが速くなる可能性があると報告している。

 

ランニングエコノミーの概念は車に例えるとわかりやすい。

無駄なガソリンを消費せずにどれだけ長く走れるかということが重要なのだ。

 

つまり、マラソン界ではフェラーリのようなスポーツカーよりも、プリウスのようなエコカーの方が強いということだ。

 

 

 実際にフルマラソンのタイムは

最大酸素摂取量とタイムの相関だけをみたものよりも、ランニングエコノミー+最大酸素摂取量とタイムをみた方が高い相関が得られている。

 

次回は、ランニングエコノミーについて詳しく見ていこう。

 

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【Reference】

  1. Anderson T. (1996). Biomechanics and running economy. Sports Med. 22 76–89. 10.2165/00007256- 199622020-00003
  2. Avela J., Komi P. V. (1998). Reduced stretch reflex sensitivity and muscle stiffness after long-lasting stretch-shortening cycle exercise in humans. J. Appl. Physiol. Occup. Physiol. 78 403–410. 10.1007/s004210050438 
  3. Weltman A. (1995). The blood lactate response to exercise. Hum. Kinet. 18 81–97